3年後、また、おにぎりの危機
春の訪れとともに、南魚沼地方は雪解け水と新緑が溶けていく風景に包まれた。田んぼの中にはまだ凍てついた土が白銀のように輝き、その上では早朝から農作業が始まる音が聞こえてくる。結は朝日を背にして、彼の小さな畑を見下ろしていた。
空気中からは、土壌と雪解け水の甘い香りが漂っている。それに混じって穏やかな風で運ばれてきたのは、種籾から発せられる微妙な匂いだった。「春ですね」と陸は言った。彼女は隣に立つ結へ、手を振るだけ。
「そうだね」と答えた結の表情は少し曖昧だ。今年も異常気象が予想されると聞き、「またか」とため息が出たのは自然な反応だった。「しかし」なんて言葉に出すことはない。それでも彼女は前年に比べれば、少しだけ前に進んだと感じていた。
「結さん、新しい種籾の発見がありましたよ」
その声に振り向いた瞬間、遠くの方から台風接近を告げるサイレンが聞こえてきた。「またか」と思わず呟いてしまう。陸は彼女の反応を見て、「大丈夫だよ。今日は穏やかな日だし」と微笑んだ。
結の畑では既に種籾の準備が始まっていた。小さな透明な袋の中に、春を待つ新たな命が詰め込まれている。「去年よりも少し大きくなったね」そう言って陸は一つ取り上げた。その手から放った光は一瞬で彼女の指先へと戻ってくる。
「種籾の数も増えました」と結は言った。「でも、これだけでは足りないかもしれません」
田んぼの中には未だ凍てついた土が広がっており、春はまだこれから始まる。「何より心配なのはゴールドグレイン社の影響です」陸はそう続けた。彼女たちの目の前で、遠くから人工的に作られた精巧な米粒が運ばれてくる。
「でも」と結は言った、「だからこそ私たちも頑張るしかないんですよね」
春日を受けて、空気が暖かい。「そうだよ」と陸。「おにぎりを作ることは生きること。それが私たちは理解したから」彼女たちの手元には種籾が光っている。
「しかし」と結はまた言った、「何年経っても、これが私たちにとって大切なことなんだと思う」
風が静かに吹き抜ける中で、二人の影だけが揺れていた。その向こうでは新たな一粒への挑戦が始まるのであった。
第2章
春の訪れと共に、風がやわらかくなった。田んぼでは種籾が水に浮き上がり、穂先から小さな芽が出始める。結と陸は朝日が昇る前に田植え作業を始めている。土の湿り気と新緑の香りが広がっていた。
「ここら辺で一本ずつ植えるのが一番いい」
結が腰を下ろし、苗鉢を持つ手に力を込める。
陸は地面を見渡しながら、「異常気象への備えも必要だ」と呟いた。その声には確信の色があった。
田んぼに水たまりができはじめると、蛙たちが群れをなして飛び交う。「カエルどもの朝礼が始まったね」結が笑いながら言った。
陸は頭上を見上げ、「雨雲が多いからこそ、自然の力を借りる」と答えた。彼女の声にはいつも以上に力強さがあった。
「それにしてもゴールドグレイン社のことばかり考えていても始まらないな」
結が足元を眺めつつ言うと、陸は頷きながら、「農薬や肥料を使わないで米作りをするのは難しいかもしれない。でも可能ならやりたいよね」と応じた。
二人の言葉に沈黙が混ざり、風に乗って新たな田植えが始まる。
由佳が現れた。「今朝から気温が高いね」彼女は手元を見つめながら言った。
結と陸は頷き、「そうだな。それが不安さを増すんだ」と答えた。
「でもその分だけ収穫量も上がるかもしれないしね」
日光は次第に強くなり、汗が額から滴り落ちる。「お前たちの顔を見ると元気が出るよ」由佳は微笑んで言った。彼女の言葉には温かさがあった。
陸と結は顔を見合わせ、「どうすれば良いんだろう」と問いかけるように見つめあった。
「そうだ、この田んぼでG-Riceとは違う農法を試してみよう」
結が口を開く。「おにぎりの質よりも量を追及するだけじゃだめだと思うから」
陸は目を見開き、「それが可能なのか」と尋ねた。
由佳も驚いたように息を吸い込んだ。
「もちろんリスクはある。でも、この地域の米作りを守るためには必要なんだよ」
結が力強く言った。「大企業と小さな農家で勝負ができるかどうかは今からだ」
空気の中からはやく風向きを感じ取るように、「そろそろ昼ご飯にしようか」と由佳が提案した。彼女の声と共に日陰を見つけ始める。
「そうだな、今日はここで手始めの決断をし合った」結は立ち上がりながら言った。
陸もそれに合わせて腰を上げた。「それが何につながるのか楽しみだ」
田んぼから上がると背後の山並みを見つめ、「新たな一粒への挑戦が始まる」と誰かに話しかけるように言って見た。
風向きが変わる音。昼間の光りはまだ遠く、しかし確かな温もりを感じていた。
第3章
春の日差しが、田んぼに柔らかな光を作り出す。その上空には白雲がゆっくりと流れている。結たちの背後からは山々越しに聞こえる鳥の声。まだ新緑色しかけた葉は微かに風に乗って揺れていた。
「今日は、本当に気持ちいいですね」と由佳は言った。
陸はうなずきながら、手元で種籾を分けていった。その動きも春日光の中で美しく見えている。「そうだね」
結の視線が前方に飛ぶ。田んぼの端にある小さな祠まで歩いていく。彼女はそこで一瞬立ち止まった。
「これだけ穏やかな春だからこそ、夏の気温上昇への備えが必要なんだ」と由佳。
それに対し陸も同意を表す。「そうだな。その辺り、どんな準備をする?」
結が祠から少し離れた場所に足を置きながら言った、「僕たちは今まで通りでいいさ。自然と向き合うことを忘れないように」
彼女の言葉の後には長く続く静寂。
田んぼを見渡す春日光は、柔らかくも鋭い視線を持っているようだった。「それが結の決断なんだ」と陸。
由佳が顔を上げ、「ああ。自然に寄り添う農業を選ぶってことね」彼女は少し考え込んだ後に微笑んだ。
「でもさ…」「何だ?」結と陸の会話の中で、由佳が言う言葉。「G-Riceとは違うやり方で頑張っていくことに意味があると思う?」
春風に揺れる新緑色した若木たち。その中を通り過ぎる光は淡く、微かな暖かさを感じさせた。
「もちろんあるよ」と結、「自然の恵みに対する感謝と向き合いながら、少しでも多くの人達が美味しいお米を食べられるように頑張らないといけない」
陸も賛同する。「その通りだ。科学的な知見は役立つが、伝統や感性も忘れてはならない」彼の言葉に由佳もうなずきながら、「でも大企業との競争を考えると…」「それについては」と結、「それぞれが持っているものを信じて取り組むべきなんだよ」
彼らの会話から漂ってくる暖かな春日光。遠くで鳴る鳥の声、近い風に揺れる新緑色した若葉。
「そうだな」由佳も同意を表す。「今度はお前らが頼りだね」と陸、「当然さ」「でも何から始めればいいんだ?」結と陸を見つめる由佳。「まずは手作りの価値についてもっと広めよう。それが次の一手なんだ」
田んぼの上空にまた白雲が流れ込み、春日光と共に新たな一日が始まる。
その中に彼らの決意も浮かんでいた。
遠くで聞こえる鳥たちの声と春風。淡い暖かな陽射しの中で、結は祠を振り返った。「ここから始めよう」
「そうだね」と陸、「それがこれからを切り開いていく最初の一歩なんだよ」
由佳が微笑みながらも、「新たな挑戦が始まるってことだな」「その通りさ。それに向かって進んでいこう」と結。
風に揺れる春の田んぼと共に、彼らは次の一手へと動き出した。
微かな暖かな陽光が照らす中で、春日光の下には新たな決断が輝いていた。
遠くから聞こえる鳥たちの声。淡い春風の中で新しい一日が始まる。
結たちは静寂に包まれながらも、その中に未来への希望を織り込んでいくように見えた。
そして彼らは静かに歩み出した。
新たな一粒へと。
第4章
春の暖かな日差しが田んぼに柔らかく降り注ぐ。近くで鳴き交わす野鳥たちのさえずりが、穏やかな風に乗って遠近感のある音色となって響いてくる。土壇場はほのかな湿った匂いを放ちながら微動だにせず、種まきへの準備ができている。
結と由佳、陸三人の姿があった。「暑さ対策で育てようとしている早生品種がどれだけ耐えられるか興味深いわね」と由佳は指先に載せた種子を覗き込む。彼女の声には確かな自信があふれていた。
「でも、自然の力は予想外だよな」「そうだな」陸も同意するように頷く。「だからこそ手作りが大切なんだ」
結はじっと黙り込んでいた。風に乗って種子を蒔き始める彼女の動きは丁寧で正確だった。彼女の中では、言葉にできない感情が渦巻いている。
「そういえばあの会社」由佳の口から不意に出た声。「G-Rice」
結と陸も顔を見合わせて静かになった。空気が緊張した。
「私たちがやっていることとは反対だよな」という陸の言葉に、結は深い呼吸を一つして彼女たちへ向き直る。
「だからこそ新しい試みが必要なんだ」強く言い放つ。「自然と共に生きるためには」
三人ともうなずき合った。彼らが新たな決断をするその瞬間、春風と野鳥のさえずりだけが静かな田んぼに響く。
第5章
春日和の田んぼ、土壌がまだ暖かさを感じる。青空に浮かぶ白雲がかすかな風で流れるように動いている。穂が出始める稲苗たちからは新緑特有の匂いが立ち上り、鼻腔をくすぐる。
「陸さん、ここら辺はあたらしい種子も試してみましょうかね?」結が声をかける。「もちろんよ」と由佳も同意する。穏やかな風に乗って近隣の農地から聞こえる鳥たちのさえずりと収束機からの微細なエンジン音。
「でも、G-Riceの影響とか考えると不安ですね」結がつぶやく。「確かにね」と陸も頷いた。彼は眼鏡を押し上げた後、手元を見下ろすようにして思考に没頭する。春日和の暖かな陽光と微かだが心地よい風。
「しかし…だからこそ、私たちが取り組む農法には意味があるんだよ」と結。「自然と共存し、持続可能であることが大切だって思ってる」彼女は穂が出始めた新しい稲苗を指差した。由佳も同意の笑顔を見せる。背後では微かな風が草木と葉っぱに触れる音。
「でもさあ…G-Riceってのは、自然環境への影響を考えると少し怖いよね」結はため息混じりにつぶやく。「そうだね」と由佳も同意する。「だからこそ、私たちの取り組みが必要なんだよ。小さな農家が大きな声で発信し続けることが重要だ」
春日和の田んぼでは三人の会話が静かに響き渡る。
「でもさ…」結は少し考え込んだ後、「次期からG-Riceと競合するため、より一層努力を重ねていこうと思う。私たち一人ひとりが持つ力で、自然と共存できる農業を作り出せるはずだ」
光を受けた稲苗の水面に反射した春日和の暖かな光が、彼女の頬や後頭部にも伸びる汗と溶け合うように見える。
「そうだね」と由佳も同意。「私たちの取り組みはまだ始まったばかりだけど…それでも、一歩ずつ前進していこうよ」
微風に乗って聞こえる遠くの鳥たちのさえずり。春日和が穏やかに光る田んぼでは、新たな決断をした三人の影だけが伸びて、暖かな陽射しと溶け合う。
雲が空一面に広がっていくように、彼女たちは新しい一歩へ向けて足元を見つめ続けた。
第6章
春の暖かな陽射しの中、田んぼでは緑が芽吹き始めていた。柔らかい風に揺れる稲苗たちと触れ合う音だけが聞こえる静寂。空は淡い藍色で、雲一つない穏やかさを誇示している。
「ここ数日、晴れ続きですね」と由佳が言った。「雨も降ってほしいのに」。
結と陸の顔を見た時、彼女にはその言葉に込められた複雑な意味を感じ取ることができた。由佳は自然との調和を大切にするリーダーであり、同時にこの田んぼから新しい未来を切り開こうとしている。
「確かにそうだね」と結。「ただ雨ばかりが降るわけじゃない、風も光りもある」。
陸の顔には微笑みが浮かび、「それが農業だよ。自然と共に生きることさ」と彼は付け加えた。
春日和の中、3人は新しい種子の試験について話し合った。「この種子で成功するなら、G-Riceとも互角に戦えるだろう」結が言った。「しかし、何より大切なのは私たち自身だね。知識と経験を活かして自然と共にある生活を見つけ出すこと」
その日は特別な一日となった。昼食後、3人は新たな種子の試作品を作り始めた。土壌サンプリングから始まり、水やりや肥培法に至るまで、細部にわたって対話を交わしながら作業を進めた。
「この新種子、果たしてどうなるのかな?」
結はその問いに対して返答せず、「私たちはもう一人前の農家だ」とだけ言った。彼女の中では新たな決断が生まれていた。
自然と共存し、人間の手で育てられたお米を守り抜くために。
その時、遠方に雷鳴が聞こえた。「雨も近づいてるね」陸は眺めながらそう言って、「でもそれが悪いことばかりじゃない。雨は新しい命を連れてくるから」
由佳は微笑んで頷いた。「だからこそ農業なんだよ。自然の恵みを受け止め、それを使って生命を育てるんだ」と。
結も笑顔で応えた。「私たちが手に入れた種子と知識を使い、新たな一粒への挑戦を続けるから」
春風に揺れる稲苗を見つめながら、3人は未来へ向けた希望と共に歩み始めた。
第7章
朝露が滴る田んぼの端、結と由佳、陸の三人が黙々と種まきをする。手袋からはみ出す指先で土に触れる感触。春日和だが、遠くから聞こえる雷鳴は新たな雨雲を告げる。土地の湿った匂い混じり風が肌を撫でる。
「もう少ししたらまた降り始めるよね」と由佳が言った。
結と陸も頷きながら作業を続ける。種子の袋から取り出した小さな命は、まだ芽が出ない粒々だが、彼らの中で新しい息吹を感じていた。
土壌改良に使用した堆肥の甘い香りとともに、穀物たちの成長が見えてくる。
「でもね」と陸。「私たちが選んだ種子なら大丈夫。自然と一緒になって生きていける」
結は青空を見上げてため息をついた。
「確かにそう思うけど…さっきから雷鳴も近いな。G-Riceの影響か、今年も不安定すぎる気象なんだよね」
由佳が立ち上がり、風に向かって手を広げる。「そうだね」
雨粒の光が遠くで揺らめいている。まだ降らない。
「でもね」と結。「今度は私たちの方から動こうと思うんだよ。G-Riceに対抗するためには、ただ自然と共存していられるだけじゃ足りない」
三人を見つめる陸が微苦笑した。「何を考えたの?」
由佳も興味深げに結を覗き込む。
「今年は新たな種子だけでなく…」と結、「情報戦線でも我々の動きが必要だって気づいたんだ。G-Riceの影響とか、地域の環境問題についてもっと広めようと思う」
二人が驚いて黙る。
風向きが変わり、土埃と一緒に乾燥した草の匂いを運んでくる。
「具体的には?」と由佳
結は小さく深呼吸して続けた。「情報を収集し、分析する。そして自分たちでその結果を使って対策を考えたり、地域の人々に広めたり」
陸がうなずいて同意した。
「それなら私たちの手作りお米を広める良い機会になるね」
由佳も目を見開いた。「そうだ!これでもっと地元の農家さんたちと連携できるわ。一人じゃ何もできないけど、みんなで力を合わせれば」
雷鳴が近づく音量に伴い、雨粒が彼らの周りを舞う。
結は頬杖をつきながら微苦笑した。「そうだね」
「でもまずは情報収集から始めようと思うんだよ。G-Riceのこととか、地域環境への影響について詳しく調べて」
陸と由佳もそれぞれ作業を持ち上げたまま、「そうしよう」と同意する。
雨粒がやっと彼らの頭上に落ち始めた。
土地は濡れ、種子たちにも新しい息吹が加わる。田んぼ一面が緑色の水鏡となる。
三人とも新たな挑戦への決意を胸に抱きながら雨音と風向きを見つめる。
遠くで地平線を超えて太陽が隠れる様子は、一日が終えることを告げつつも新しい始まりを感じさせる。
第8章
雨粒が落ち始め、田んぼの土と稲穂に溶け込む音。暗雲が地平線から這い上がり、雷鳴が遠くで轟いた。結は手元を見つめながら種籾を植え続けた。湿った土壌の香りに混じって、雨粒が地面と触れ合う水蒸気の匂い。
「大丈夫か?」
陸が肩越しに声をかける。由佳も近づき、結は微笑んだ。「だいぶ慣れてきた」と返すだけだった。その言葉には力があった。手元で種籾が土中に消えていく様子を見つめていると、結の心の中では新たな決断が芽生える。
「情報を集めるのはいいけど、それ以上に大切なことがある」
由佳は停まったまま考え込む。「何を?」
雨粒が増え始めた頃、「自然との調和」という言葉。陸も納得し、空を見上げる。雲の下では、田んぼが徐々に水浸しだ。
結は種籾植えをおさめると地面で膝を抱いた。「伝統と科学を組み合わせて、新たな農法を作り出すべきだ」
「具体的には?」陸の問いかけに対し、「まずは地元の知恵や知識を集める。そしてG-Riceに頼らない持続可能な方法を見つける」と答えた。
由佳は首肯しながらも、視線を遠くへと投げかける。「でも、それが本当に可能なのか?」
結は彼女を見て微笑んだ。「不可能だとは誰が決めたのだろう」雷鳴と共にその言葉は響き渡り、「挑戦しないでどうする」と続く。
雨粒は次第に大きくなり、風も強くなってきた。しかし三人は一歩を踏み出し続けた。種籾植えが終わると、それぞれ農具の片付けに取り掛かった。「みんなにも話そう」結の一言から新たな動きが始まった。
田んぼに戻った雨粒たちが光を反射し、水鏡のように広がっていく様子はまるで彼らの決意を映しだしていたかのような錯覚を感じた。その日一日、三人ともに自分の手足だけではなく心を通じて自然と向き合っていたことを強く感じる。
空には今にも雨粒が降り注ごうとしている雲があった。しかし結の胸の中では新たな一歩への希望の種が芽生えていた。
遠くで風車が回る音、その向こうに聴こえる鳥のさえずり。田んぼから立ち上る水蒸気と土壌の香りは一日を締め括るようにゆっくりとした動きを見せていた。
結たちは新たな挑戦に向けて息深呼吸しながら準備を進めた。彼らが歩む道には確かに困難があったが、それはきっと成長への一歩だった。
夜明けとともに新しい希望と共に、田んぼに降り注ぐ雨粒と光の交差は新たな一日の始まりを告げていた。
結は手元を見つめながら、「ここからが始まる」と小さく囁いた。その言葉が風に乗って遠ざかっていく中で、彼女の表情には確信があった。
遠い空に広がる雲が次第に晴れていく様子は、希望を胸に戸外へ出ていく人々の姿を見守るように思えた。
田んぼに戻った雨粒たちが光を反射し、水鏡のように広がっていく。それはまるで彼らの決意と一体となったかのような錯覚を誘う。
それだけではなく、手元には種籾があり、その向こうに新たな挑戦があることを強く意識させる。
結は立ち上がり、由佳と陸へ向き合う。「いよいよ始めるんだな」
二人も頷き返し、「そうだ」と答えた。彼らの表情からは迷いや不安が全く感じられなかった。
それは既に決意を固めた結果であり、これから続く道への確信そのものだった。
結たちは新たな一歩へと踏み出す準備を整えながら、それぞれ心の中で誓い合うのであった。「ここから始める」
雨粒が田んぼの土壌に浸透し、水鏡は次第に消えていく。それは彼らの決意と共に進む道への新しい幕開けを告げていた。
結たちは新たな希望と挑戦に向かって歩み出すその瞬間には、自然から受け取ったエネルギーが全身を通じて流れ込んでいた。
遠くで風車が回り続ける音。夜明けとともに広がる青空と光の交錯は新たな一日を告げる。「ここからの始まり」
結たちは確信に満ちた表情を見合わせ、「いよいよだな」と小さく囁き合う。
彼らにとって、これから続く道には確かに困難があった。しかし、それはきっと成長への一歩だった。
田んぼから立ち上る水蒸気と土壌の香りは一日を締め括るようにゆっくりとした動きを見せていたが、「ここからの始まり」という希望と共に新たな光が差し込んでくる様子を見せる。
彼らはその光に照らされながら、手元にある種籾に向かって歩き出していた。
第9章
雨粒が地面と葉の間で瞬時に散る音。湿った土と植物の香りに満ちた早朝、田んぼにはまだ露が残っている。結、陸、由佳三人は新たな種籾植えを終えたばかりだ。薄暗い空から漏れる光線が徐々に濃くなり始める。
「少し休もうか」と由佳が優しく提案する。
「そうだね」陸もそれに同調し、「朝の疲れが出る頃合いだから」
三人は近くにある簡易的な休憩小屋に入り、茶を淹れてから田んぼを見つめ返す。遠くで鶏が鳴き始めると同時に、太陽の光が地平線から顔を出す。
結の視界に飛び込んでくるのは、新しく植えられた種籾たちの群れ。まだ青々としており、土と雨粒で輝いている。
「これからの成長が楽しみだ」と由佳は穏やかな笑みを浮かべる。「でもね、ゴールドグレイン社の影響に対する懸念があるんだよ」
結の脳裏には特殊排水という言葉とともに現れる汚染された川と田んぼ。それを払拭するための挑戦が待っていることを悟る。
「何をすべきか、手順を考えないとね」陸は科学者の視点から冷静に話す。「この地域にとって一番良い方法を見つけ出さなければならない」
結も考え込みながら応える、「伝統的な知恵と現代技術を取り入れたバランスの取れた解決策が必要だ。大企業との協力関係を構築して、環境問題への取り組みが進むようにしないといけないね」
「そうだ」と由佳は頷く。「あなたたち二人にはそれができるよ」
結の中で新たな決断が始まる。
「私たちの農法で自然と調和しながら生きる道を見つける。そして、それを地域全体に広めていこう」彼女の言葉が響き渡り、「大企業とは対話し続けつつも、我々の方法を守り抜く」
光はますます強くなり、新芽たちには今日一日が始まる。
「これが私たちの次のステップなんだ」と結は穏やかに語る。「ここから新たな挑戦が待っている」
その言葉と共に、三人は何事もなかったかのように田んぼに戻り作業を再開する。空と光との調和の中で彼らの決意が光を受け継ぐように輝いている。
日が出たばかりの柔らかな朝日は、新たな一歩が始まる瞬間を優しく包み込む。
遠くで鳴き始めると同時に太陽の顔も現れた。
第10章
朝露がまだ田んぼ一面についた。空には柔らかな雲が広がり、日差しが適度な強さで地面に落ちてくる。風がそよぎ、遠くから鳥のさえずりが聞こえてくる。
「今日も一日が始まるんだね」と陸は言う。「しかしまだ解決すべきことは山積みだ」
小屋の中では前日の疲れを癒やそうと結たちが休んでいた。由佳は自分の手で作ったおにぎりを取り出して、皆の前に置く。「これを見て安心感を感じるわ」彼女は穏やかに微笑む。
「自然とともに生きていこうとする気持ちには賛成だ」と陸は言う。「ただ科学的なアプローチも重要だと思う」
結は窓から外を見渡し、「それらを合わせて新しい何かを作り出せたら素晴らしいと思うんだ」彼女は決意満々に語る。
「その通り。手作りの農産物への価値を再認識した上で、現代的な技術を取り入れることで解決策が見つかるかもしれないね」と由佳も同意する。「私たち一人ひとりができることは小さなことだけど、それが積み重なることで大きな変化になる」
結はまた窓から外を見た。田んぼの中には前日植えた新種の苗々がまだ幼いながらもしっかりと生えているのが見えた。
「私達が挑戦するべき新しい方法を見つけられるよう頑張ろう」と彼女は小さく呟いた。「私たちの小さな行動一つひとつから大きな変化が始まるんだ」
結たちは小屋を出ると、田んぼに向かって歩き始めた。足元には土と水の感触が心地よく感じられた。
「今日も一日が始まったな」と陸は言う。
由佳は頷いて、「新たな挑戦への一歩だね」彼女は結に視線を向けた。「それがあなたたちにとって最高の一歩になることを願ってる」
結は二人の視線を感じ、小さくうなずいた。その日から彼らの小さな農家での日々が始まった。
「私たちが挑戦するべき新しい方法を見つけられるよう頑張ろう」彼女は心の中で何度も自分に言い聞かせた。「それが地域全体にとって最も良い道だとは思っている」
結たちが歩き出すと、小屋には静寂だけが残る。風の音と遠くから聞こえてくる鳥のさえずり。
その日が始まる朝露は光を浴びて輝いていた。
結たちは新種の苗に向かって進んで行った。それぞれが新たな一歩に思いを巡らせながら、しかし彼ら自身もまた自然と共に成長していることを理解していた。